南無妙法蓮華経
-----随 喜 功 徳 品 偏-----

 

  私たち、女子大生の思いとは
  どうすれば、自分の力を発揮し、生きる喜びを味わえるのかと言う事です。それにはここに訪れる皆さんの力が必要です。
  是非、協力して下さいネ!。
 
  

   担当:人文学科3年 川島 みなみ


参 照


見ずらいサイトで、
ごめんネ!(´ДÅ)ょゎょゎ

下記のホームページに全訳が掲載しています。




フリー百科事典
『ウィキペディア』
法華経


参考サイト

三十分で解るドイツ哲学

哲学の畑

中国まるごと百科事典



語句の説明
・グーグル辞書で調べる事が出来るようしてある。
・特殊な語句は分かる範囲で、説明する。
( ゚д゚)ノ ョロ!!


・六趣(ろくしゅ)
六道の事で、人が生まれ変わる場所を六つに分類したもの

・四生(ししょう)
生き物を生まれ方によって四つに分類したもの→ 卵生(らんしょう)、胎生(たいしょう)、湿生(しっしょう)、化生(けしょう)

・有形⇔無形
有形→形のある物
無形→形の無い物

・有想、無想、非有想非無想
古代インド思想の事を梵網経六十二見としてまとめたもの

有想
死後に想いのある我がある事(常見

無想
死後に想いのない我がある事(断見

非有想非無想
死後に想いがあるのでもなく、想いがないのでもない我があることを主張する。(不断不常の中道)

六十二見は
当時のインド思想をまとめた物で下記に記す通りである。
過去に関する見解
永遠論・部分的永遠論・有限無限論・詭弁論・無因生起説
未来に関する見解
有想論・無想論・非有想非無想論・断滅論
現世に関する見解
現世涅槃論

・煩悩(ぼんのう)
ぼんのうは無智より我を生じ、我を生じる事で執着を生じ、執着を生じる事で煩悩

我痴、我見、我慢、我愛→ 貪、瞋、癡、慢、疑、悪見→ 忿・恨・覆・悩・嫉・慳・誑・諂・害・喬・ 無慚・無愧・掉挙・昏沈・不信・懈怠・放逸・失念・散乱・不正知

・六趣(ろくしゅ)
凡夫が輪廻する世界を三界(三有)し、 更に三界の欲界を六つに分けた世界を六趣(六道)とし、その上の色界を四の世界に分けて四禅天する。 そして、上位の無色界を四処とした。


---編 集 録---


石楠花 二輪有りて 風の中
友に支える 恋が欲しいと

<解釈>

ただいま、短歌を学んでいる最中、取り合えず語句だけ会わせてみました。 意味は強風に吹かれ、必死に耐えている二輪の石楠花の様な恋愛がして見たいなと言う事です。


今日は、皆さん
お元気ですか。?もう早いもので、 八十八夜が過ぎて初夏ですね。

漸く、新人の子も我サークルに慣れて来た頃です。学生サークルは、まだ遊んでいる様なもの、 会社と成るとそうは行かないと、この間の土曜日に先輩が愚痴を溢しにやって来たそうです。
では、前回の話の続きをどうぞ。

かな;
「鈴音さん、これで哲学の話は終わりですか?」
鈴音;
「いいえ、18世紀のイギリス産業革命 後の哲学者、フィヒテヘーゲルハイデガーサルトルなどは、まだ述べていません。

近代哲学は合理論哲学と経験論哲学とを超え様としたカントの批判哲学を引き継いだドイツ概念論哲学で、 完成された。また、ヘーゲルから現代哲学が始まり、現代哲学では人間の存在価値や意義を主張する実存主義 が広まりました。」
かな;
「哲学の話を続けるのですか?」
鈴音;
「あなた達が飽きている見たいだから、一旦、哲学から離れて、四大文明の一つ 黄河文明を築いた中国の思想を考えて 見たいと思いますので、現代哲学 に関しては自分で調べて見て下さいね。

中国の起源は、紀元前7000?の裴李崗文化 から老官台文化→北辛文化→磁山文化→仰韶文化→大汶口文化→龍山文化→二里頭文化と言った様な文化を 黄河流域に起した黄河文明からだと言われています。

そして、中国で初めて都市国家が築かれたのは、二里頭遺跡(紀元前2069〜1600)から大建築群の宮殿・ 住居・墓などが発見され、中国の最初の歴史書「 史記」に記された夏王朝でないか と考えられていました。

しかし、考古学的には根拠となる物が少ない為に夏王朝ではなく、 殷(商)を中国最古の王朝とされています。また、史記に由ると、殷王朝の契(せつ)は 五帝の一人で、夏王朝の創始者である帝禹より、譲り渡されたと記されている。

話を元に戻すと、
殷時代の人々は天帝自然神 ・祖先神の三神を崇めていました。中でも、 祖先神が重要視され、その他の天帝や自然界の神々は部族により異なる為、 一般的ではありませんでした。

しかし、祖先神と成ると話は違います。祖先神とは自分の先祖の霊が神に成ったものを言い、常に子孫の行動を天から 見ていて、子孫が気に食わない事をすると罰を与えると信じられていた為、子孫たちは常に亀甲占いをして、先祖の霊 を祭り、崇めていました。

そして、この様に独特的な思想を持つのは黄河文明が初めてです。つまり、キリスト教の様に中国共通の神が居ない事や 人の霊が神に成ったり、また神が人に生まれ事(天帝)や何よりも血統を重んじる事などです。」
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◆随 喜 功 徳 品(ずいきくどくほん)

ここからは随喜功徳品(ずいきくどくほん)です。
この場面ではお釈迦様が去った後の世で、法華経を聞いた者。しかも、50番目に法華経を聞いて喜び感謝する者 が行なう善行が描かれています。

前回はお釈迦様の寿命が永遠不滅である事を信じて理解しょうとする者が行なう善行が説かれましたが、 ここでは更に話を進めて、法華経を信じる者の説法を聞いて、その説法に感謝する事の意味を説いている。 つまり、自分が体験した事を他人にも伝える事である

●翻 訳 一

その時に、
弥勒菩薩・摩訶薩は次ぎの様な事を明らかにしょうとして、仏に述べたのです。

”世尊よ。もし、良識ある青年や婦人(善男子・善女人)が居たとして、この法華経を聞いた後、 心から喜んで感謝する(随喜)者はどれ位の幸福を得られるのであろうか。”と言う事です。

そして、歌(偈)を詠みながら、述べたのです。
”世尊が姿を消し去った(滅度)後に、それらがこの経を聞く機会を得て、仮に、その者の中で、 喜びを感じて、感謝する者があったならば、その者はどれ位の福を得られるのか”

その時に、
仏は弥勒菩薩・摩訶薩に告げたのです。

”アイッタ(弥勒)よ。
如来がこの世から去った後に、仮に比丘(びく)・比丘尼(びくに)・優婆塞(うばそく) ・優婆夷(うばい)や他の賢い者が居たとして、

それが年長者であれ、年少者であれ、この経を聞き、大いに喜び、ありがたいと思って、その後に 法会(ほうえ)を離れて他の所に 行くであろう。

もし、それが僧坊(そぼう)であれ、或いは人里から離れた静かな地であれ、もしは城壁に囲まれた町(城邑) や路上(巷陌)や集落(聚落)や村(田里)であったとしても、

その人が説法を聞いた通りに、父や母や親戚(宗親)や親友や知人(知識)の為に、その人の能力に合わせて演説するだろう。

そして、この多くの人たちがこれを聞き終わって、大いに喜び、感謝して、また更に他の所に行き、お教えを広める。

そして、また、他のある人がこれを聞き終わり、大いに喜んで感謝し、また他の人に教えを広めて行く、この様な事を繰り 返して、五十回に成ったとしよう。

アイッタ(弥勒)よ。
それを第五十回目にして聞き、喜びを得て感謝する良識ある青年や婦人(善男子・善女人)が行なう、良い結果をもたらす 行為(功徳)を、我れが、今ここで解き明かす。

お前は、必ずや良く聞くのです。
もし、四百万億阿僧祇(4×10の37乗)の世界に住む六趣 四生の衆生、つまり、卵から生まれた卵生(らんしょう)・ 母体から生まれた胎生(たいしょう)・種子から生まれた湿生(しっしょう)・突然現れる化生(けしょう)の者。

或いは形の有る物(有形)・形の無い物(無形)・死後も意識がある者(有想)・死後は意識は無い者(無想) ・死後は意識が有るか無いか分からぬ者(非有想非無想) ・足の無いもの(蛇)・二本足のもの(類人猿)

四本足のもの(家畜など)・多足のもの(虫)など、この様に数多の衆生が居たとして、それらの者に福を求める者が、 それらの望みに応じて、心を慰めるもの(娯楽の具)を分け与えた(給与)とする。

つまり、一人一人の衆生に、閻浮提(えんぶだい)阿耨達池を満している 金や銀や瑠璃(るり)や蝦蛄(しゃこ)や碼碯(めのう)や珊瑚(さんご)や琥珀(こはく)などの沢山の美しく貴重な宝 及び象・馬・乗り物・七宝で造られた宮殿や楼閣などを与えたのである。

この偉大な施主(せしゅ)が、先ほど述べた様な布施をして、 八十年と言う年月が過ぎた頃、この様に思いを抱いたのである。「私は、すでに衆生の心を慰めるものを施した。 しかも、衆生の心の思うがまま(所欲)に任せて、

それにも関らず、この衆生ら、皆が既に老衰して、八十才を過ぎているかの様である。髪は白く、顔には深いしわが有り、 確かに、この者らの死は近かづいている。よって、私は必ず仏法をもって、 この者たちを教え導かなければ成らない(訓導)。」と、

そして、この衆生を集めて、仏の説いた仏教を伝えてはそれを説きながら仏道に導いた(宣布法化)。また、教えを示しては 利益や喜びを与える。(示教利喜)

そして、わずかな時間で皆を須陀洹道(しゅだおんどう;預流向の意味) ・斯陀含道(しだごんどう;一来向の意味)・阿那含道(あなごんどう;不還向) ・阿羅漢道(あらかんどう;応供向の意味)の四双八輩を得させ、

様々な有漏煩悩)を滅し尽くし、 深い禅定を行なって皆が心の自由を得、そして、 八解脱(四禅八定)を身に付けた。

汝はどう思うであろうか。この偉大な布施を行なった者(施主)の方が良い結果となる行為(功徳)を沢山したであろうと、 思わないか、どうか。”

そして、弥勒は仏にありのまま述べた。
”世尊よ。この人の良い果をもたらす行為(功徳)は非常に多く、人が考え付かないほど計り知れない(無量無辺)。

もし、この布施を行なった者(施主)が、 衆生に喜んで楽しむ方法(楽具)をすべての者に与えた事だけでも、思いも及ばない数の善果をもたらす行為(功徳)であり、更に 阿羅漢果を得させた事をどの様に言えば良いのだろうか。”と

更に仏は弥勒に告げられた。
”我れは今、はっきりと分かる様に汝に説明する。この人、つまり、あらゆる心を癒す方法をもって、 四百万億阿僧祇の世界の中の六趣(天・人・阿修羅・畜生餓鬼・地獄)に住む衆生にそれを施し、 更に出家して仏道を歩む阿羅漢果を得させた者である。

しかし、この人がこの様な成果をあげた善行でも、この第五十回目の人が法華経の一句を聞き、 喜んで感謝する善行には及ばない(如かじ)。

また、施主の善行は法華経を聞いて喜び感謝した善行の百分の一・千分の一・百千万億分の一にも及ばない。 つまり、法華経を聞いて喜び感謝した善行を数の単位をもって言い表わす事が出来ないのである。

アイッタ(弥勒)よ。
この様に人から人へと伝えられ五十人目の人が法華経を聞いて、喜んで感謝する善行(功徳)は ただただ、計り知れ無い事である(無量無辺阿僧祇)。

どの様に言えば良いのだろうか。最初の集会の中において、この法華経を聞き、感謝して喜ぶ者の事である。 また、その者の福が勝れて、計り知れ無いほど大きく(無量無辺阿僧祇)、他と比べる事が出来ないのである。

また、アイッタ(弥勒)よ。
もし、人がこの経の為に僧の住む建物に出かけて、座ったままか、あるいは立ったまま、しばらく、これを 聞いていたならば、

この善行(功徳)を行なったにより、 次の世に生まれ変わった時には、見事な象や馬や乗り物や珍宝の輿を得て、帝釈天の宮殿(天宮)に昇る事が出来るだろう。

もし、また人が居て、その人が仏の教えを解説している(講法)場所に座って聞いたとすれば、 新たに人が来た時は、その人に場所を譲りながら、座る様に勧めて話を聞かすか、あるいは場所を半分、譲り座らす。

この人の功徳は、次の世に生まれ変わって帝釈天(インドラ) が座っている所か、もしは梵天王(ブラフマー) が座っている所か、もしは転輪聖王が居る所を得るだろう。



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