私たちは是の様に考えています。
私たちの様な世間知らずの女の子でも、少しでも人の役に立ちたいと思い。
遊び半分で作ったと思われるサークルでも、初心を忘れず、サークル活動をあせらず、なまけず、あきらめずに夢を
持ってやり続ける事が人の役に立つ事であり、世の中を変える事であり、自分たちの幸せにもつながるものと。
---皆さん、ヨロシク
担当:経済部国際科3年 香多かおり
見ずらいサイトで、
ごめんネ!(´ДÅ)ょゎょゎ
下記のホームページに全訳が掲載しています。
語句の説明
・グーグル辞書で調べる事が出来るようしてある。
・特殊な語句は分かる範囲で、説明する。
( ゚д゚)ノ ョロ!!
・楽着
楽しいことだけに、執着する事
・無からしむ
無かったようにする。
・告諭(こくゆ)
教えを悟らし、告げる
・G(ちょう)
猛禽類の鳥のこと
・獅子の座
仏の座の事、で涅槃の境地に立つ事を意味する
・嬉戯(きき)
遊び戯れる、悪戯する事(主にお姉チャンとお遊びする事をさす)
・所欲
自分のものにしたいと思う気持ち
・欄楯(らんじゅん)
盾で覆った手すりのこと
・纓(えい)
冠の後ろに突き出ている巾子(こじ)の根もとをしめた紐(ひも)の余りを背に垂れ下げたもの
・衆彩雑飾(しゅうさいざつしき)
綺麗な色の物を集め、それらを取り混ぜて飾ること
・茵褥(しとね)
敷物
・盾アう(ぞうこう)
小さい布片
・細じょう
絨毯のこと
・肥壮多力(ひしょうたりき)
盛んに肥えて、力があること。体格が善くて、力が漲っている。
・形體姝好(けいたいしゅこう)
体形が誰からも好かれるようなに美しいこと
・儐(ひん)
賓客を主人の所に案内する人、賓客または鬼神に接する人をさす
・自在無碍(じざいむげ)
碍は妨げるもの意味する、在は有り方があることを意味する。つまり、自分の考えや思いを妨げるものが無いこと
・四無畏
下記の四つの事を恐れなく、行なう事
1.総持不忘
自分が聞いたすべての教えをしっかりと記憶して忘れないこと。
2.尽知法薬
医者が患者の病気の種類や症状の軽重に応じて薬の処方を変えるように、
衆生の機根・欲望・性質・心の持ち方に適応した教えの処方を知り尽くしていること。
3.善能問答
質問や反駁(ハンバク)に答える態度。
4.能断物疑
いろいろ異なる解釈や疑問を、慈悲に徹(テッ)することで断案(ダンアン)をくだすこと。
おは〜ァ!皆さん、古いでしょうか?
では、早速く、この前の続き話を致しましようネ・・・∩(`・ω・´)∩ ワチョーイ!!
鈴音:
「色々な事を学び、興味を持つ事ではないでしょうか?」
私たち:
「たとえば、どの様な事ですか?」
鈴音:
「そうですね。貴女方が、今、行なっている様に、仕事に関して興味を抱き、仕事に関する事柄を調べた事です。
その事は、貴女たちが就職活動に悩み、働く事に疑問を持ち、業種・職種・賃金・労働環境・
労働基準法・職業病
・会社の見分け方 など、働く事に関する事柄を調べて、その問いの答えを見つけ、明らかにしようとしているからです。」
私たち:
「私たちのやっている事が、本願ですか?」
鈴音:
「そうです。しかも、お釈迦様の本願と同じですよ。」
私たち:
「私たちは、仏門に入った事がないのに、そう言えるのですか?、鈴音さん」
鈴音:
「問題をそのままにせず、悩みながら解決しょうとしている事です。
つまり、本願とは人に苦しみをもたらす原因を見つけ、解決することで、仏門に入る事ではありません。
もし、仏門に入らなければ、解決する事が出来なければ、お釈迦様も、煩悩を滅して得度出来ませんよ。」
私たち:
「じゃ〜ぁ、法華経は無駄なのですか?」
鈴音:
「そうでは有りません。人生を安楽に逝くための地図であって、その地図に書いてある記号を理解して、歩かなければ迷ってしまいますよ。」
私たち:
「そう言うものなのですか、法華経は」
----続く。
◆譬 喩 品(ひゅうほん)
ここから、譬喩品(ひゅうほん)をお送りします。
この場面は火宅の偈(げ)の部分です。偈とは詩のことで、思いや考えをある物で例えて、短文で言い表したものです。
ここでは、娑婆世界を宅で、人を諸子、人の業を鬼や虫で現している。そして、最後に火は欲を現している。
つまり、一言で言うと”悪銭、身に付かず”である。また、宅は人が住んでいる場所を意味しますで、単に家のことを言っているのではありません。
例えば、社保庁の年金問題がそうです。
国民は諸子の様に、のん気に、自分の欲を満たす事だけに目を奪われていて、公務員は悪いしないと思っていたら、
大きな間違えで、そこには鬼が住んでいたのです。おまけに、”暮らしは良くなった”と言って、年金問題どころか、消費税を取ろうとしています。
-----では、どうぞお楽しみくださいネ!q(・ェ・q)ルン♪(p・ェ・)pルン♪
また、諸の餓鬼どもは、頭上から火や火の粉を浴び、飢えや渇きや熱に悩まされて、
周囲の火に怯え、もだえながら走り回っている。
この家はこの様に、ただただ、恐れるばかりであったが、毒・害・火災などの集まった難はこれら一では、無かった。
この時に、この家の主人は門の外に立って、ある人の言葉を聞いたのです。
人は本心を三毒の悪習により忘れ、他人に害を加え、七難を受け、徳(技能、良心、信頼、財産)を失い、六道に堕ちて苦を受ける。
”あなたの諸子ら(子供ら)は、最初、ふざけて遊んでいて、それが原因になり、この家に来き、中に入りました。
諸子らは幼くて、か弱いく、何も知らない為に、喜んで遊び、その楽しさだけに、心が捕らわれているようです。”
長者はこの事を聞き終わって驚いき、火宅に入った方に、うまく救済して、火に焼かれる害に合わ無い様にしょうと、
諸子に悟らす様にして告げ、患いる難が集まっている事を説いた。
悪鬼・毒虫・火事などが蔓延していて、それらの集まった苦を次第に、受け継いぎ、絶える事がない。
毒蛇・大蛇・蝮・及び諸の夜叉・鳩槃茶鬼・野干・狐・狗・G・鷲・鳶・梟・百足の類は飢えや渇きの悩みに、急していて、甚だ、恐れるばかりである。
この苦すら、処理する事が困難である。まして、大火などを諸子は知ることがなければ、父が諭しているのを聞いても、なお、
楽しみに心を奪われて、遊んで喜ぶ事を自から止める事は無かった。そして、この時に長者はこの思いを抱いた。
諸子等がこの様であるばかりで、我が悩みの愁いは増すばかりである。今は、この家には楽しむべきものなど、一つもない。
そして、この諸子等は遊んで喜ぶ事に溺れ、我が教えを聞かず、確実に、火に害されようとしている。
そして、考えた末に、色々な方便をもうけ、諸子等に告げた。
”我には色々な珍しい玩具の品、不思議ほど巧みで、貴重な品である好ましい車があり、それは羊車、鹿車、大牛の車である。
今、それらの車は門の外にある。お前たち、出て来なさい。我はお前たちの為に、この車を造ったのです。
想い存分に、これで、遊ぶが良い。”諸子等はそれらの車の事を聞いて、すぐ互いに争うように、
あちらこちら駆回りながら家を出て、無事に空き地に到り着き、色々な難から逃れる事が出来た。
長者は諸子等が火宅を出る事が出来、道の交差点にいるのを見て、獅子の座に、足を組で座り、そして、自ら喜んで述べた。
”我は、今、心から喜んでいます。この諸子等を養育するのは甚だ、困難であった。愚かで、力が弱く、何も知らない上に、平気で危険な家に入ってしまう、
そこは、色々な毒虫や魑魅魍魎(ちみもうりょう)が沢山、住んでいる恐ろしい場所であり、
しかも、勢いよいよく煙を立ってながら大火が四面から起こているにもかかわらず、この諸子は遊ぶ事に喜び、その快楽を貪っている。
我はすでに、これを救って難を逃れさせた。この事より皆の者、我は今、心から喜んでいるのだ。”
その時に、諸子は父が安心して座っているのを知り、皆が父の所に参り、父に隠さずに尋ねた。”お願いです、私たちに三種の貴重な車を下さい。
前に父がお許しり、述べたようにです。”お前たち出て来なさい、必ず、三車をもって行き、汝が思い通りにしなさいと。”今、まちがいなく、その時です。単に、御褒美を下さい。”
長者は大いに富んでいて、多くの蔵を沢山、所有していて、金・銀・瑠璃・蝦蛄(しゃこ)瑪瑙(めのう)を持っていた。長者は貴重な品を集めて、それらで、色々な大車を作った。
車は規則正しく木で組み、美しく威厳有るかの様に飾り立てられ、周囲を廻らす様に欄楯を施し、四面に鈴を掛ける。
金の縄を結んだり、編んだりして真珠の羅網を作り、その上に張り施し、金の華が付いた様々な紐を要所、要所に垂れ下げてある。
美しい色の物を集め、それらを組み合わせて飾り立て、周囲を沢山の品で溢れさせた。
柔らかで、小さい布片を車の敷物にする。最上の絨毯、その値は一千億の価値ある品であって、清潔の上に純白であった。これをもって、その上を覆ったのである。
大白牛がいて、その牛は体格が良く、力が漲っていて、更に、体形が誰からも好かれるようなに美しかった。その牛に車を担がせ、色々な武芸者をたくさん雇って、これを侍に守らせた。
長者はこの様な珍しい車を等しく、諸子等に与える。この時、諸子等は喜びに胸躍らせて、この貴重な車に乗り、方々で遊んでいる。そして、遊びを心から喜んでいて、あたかも、自分の思ういのまま、止めるものがいないかの様である。