私たちは是の様に考えています。
私たちの様な世間知らずの女の子でも、少しでも人の役に立ちたいと思い。
遊び半分で作ったと思われるサークルでも、初心を忘れず、サークル活動をあせらず、なまけず、あきらめずに夢を
持ってやり続ける事が人の役に立つ事であり、世の中を変える事であり、自分たちの幸せにもつながるものと。
---皆さん、ヨロシク
担当:経済部国際科3年 香多かおり
見ずらいサイトで、
ごめんネ!(´ДÅ)ょゎょゎ
下記のホームページに全訳が掲載しています。
キーワード;みんなので検索すると色々なhpが見られるよ
語句の説明
・グーグル辞書で調べる事が出来るようしてある。
・特殊な語句は分かる範囲で、説明する。
( ゚д゚)ノ ョロ!!
・経
仏が教えを説くために、言った言葉の数々を意味する
・迷惑
迷は欲や執着心より物事を決められない事、惑は無智により道理が分からず困って逆らう事
・智分(ちぶん)
智は物の道理を知り、正しい判断を下す能力、分は自分のこと、よって自分一人の智慧の事を意味する
・驕慢(きょうまん)
おごりたかぶって相手をあなどり、勝手気ままにふるまう
・懈怠(けたい)
善を修めることを努力しない心の状態
・我見(がけん)
自分だけの狭くかたよった意見や見方
・佛種(ぶっしゅ)
仏の残した言葉(偈)を意味する
・或いは
もしかすると
・ひんじゅく
眉間にしわを寄せること
・復
もう一度
・毀謗(きぼう)
そしり非難すること
・こつしゅ
毛が無く、弱々しい
・黧黮(りたん)
黒ずみや斑点のこと
・疥癩(けいらい)
肌が荒れてかゆい病気、人類が最初に認識した感染症
・楚毒(そどく)
楚はしば、そばなどの木で、鞭を作るのに用いた。よって、楚毒はくるしみや痛みを意味する
・佛種(ぶっしゅ)
佛果になる種子で、お釈迦様が行なった修行や教えを指す
・水艸(すいそう)
水と草の事
・抄劫(しょうこう)
時を抜く、つまり、すきを見る
・りょうあ
つんぽで、口が聞けない事
最近、朝から暑く、大学へ通うアサファルトの道には陽炎が立つ様になりました。
ある日のことです。私は突然の界雷に見舞われ、雨宿りをした店先に風鈴が吊るされていました。
何処からとも無く風吹き、風鈴が鳴り、祇園精舎の鐘の音も、此の様なものなのかナァ〜と思うこの頃です。
今日は、皆さん!
相変わらず、前の話の続きです。−−−−ゴメン(-人-;)(;-人-)ゴメン
私たち:
「彼のものを感じる?」
鈴音:
「そう、慈悲をもって自分以外ものを観ることです。」
私たち:
「お願いです。私たちに、もう少し分かる様に、話しをして頂けませんか?。鈴音さん」
そして、鈴音尼君は私たちの問い掛に答える為、暫くの間、般若寺の庭を見ながら、考えている様でした。
庭の片隅に、池を見つけると私たちに、是の様に問い掛けたのです。
鈴音:
「皆さんの中で、金魚を飼った事のある人がおりますか?」
恵夢:
「私は小学5年の時、飼っていました。」
鈴音:
「どの様にですか?」
国文2年:小酒井恵夢は両手を広げて
「このくらいの水槽に、5・6匹ぐらいです。そして、毎日の様に餌を与え、週一ぐらいに水を取り替えたりして、大変でした。」
鈴音:
「最後は、その金魚を如何されましたか?」
恵夢:
「2匹ぐらい死んだりして、世話がやけるので、人にあげました。」
私たち:
「可愛そう、めぐ。キット、その金魚はめぐを怨んでいるゾ〜!。鈴音さんに拝んで、もらうがヨィ〜ゾ」
恵夢は見る間に、泣き出しそうになり、両手で顔を覆うのでした。
鈴音:
「こらこら、いじめるのはその位で、許してあげなさい。!情けの無い。先輩たちですね!」
私たち:
「ところで、金魚と慈悲がどんな関係があるのですか?」
----続く。
ここから、譬喩品(ひゅうほん)をお送りします。
この場面では、三界の火宅を説きながら、舎利弗が入道した訳を説明しています。また、むやみやたら、
愚かな者に法を説くな!と言っています。なぜなら、説かれた者は阿鼻地獄に堕ちるからです。
阿鼻とは、絶えることが無いと言う意味で、地獄はもともとは土牢のことでした。土牢は絶えず、湿気があり
ムシムシして、気持ち悪い所から地獄と名ずけられた。後に、仏教の六道が取り入れられて、阿修羅、餓鬼、
畜生の地獄界が誕生した。
お釈迦様が説いた仏教は因と縁の関係で、地獄や鬼などは喩えとして、用いられた物です。
-----では、どうぞお楽しみくださいネ!q(・ェ・q)ルン♪(p・ェ・)pルン♪
もし、浅い知識の者などは
これを聞いて、迷惑するばかりで、悟ることは出来ない。すべての声聞(しょうもん)・辟支仏(びゃくしぶつ)が此の経の中では、自らの力を思う存分に発揮できる所では無い。
汝、舎利弗
汝はそれでも、此の経を信じて、仏道に入る事を決意し、そのうえ更に、他の声聞までも、入道させたのです。この声聞も、佛の言葉を信じて、此の経に逆らう事無く、従がったのです。
この経に随順したのは、たった自分一人の智慧によるものでは無いのです。
また、舎利弗
驕慢(きょうまん)・懈怠(けたい)・
我見(がけん)などの考えを起こす者に此の経を説いてはいけない。
また、凡夫の様な浅い知識で、深く、五欲に執着心
を起こす者がこれを聞いたとしても、理解する事が出来ない。この為、此の経を説いてはいけない。
もし、人がこの経を信じないで、毀謗すれば、すべての世間の佛種を断ち切る。もしかすると、
眉をひそめて、疑惑を抱くであろう。汝、この人の罪報を説て見せるので、しっかりと聞きなさい。
もし、佛がこの世に居る間、もしや、佛が入滅した後に、経典を誹謗したり、または経を声をあげて読み、
覚えようしている人を見て、卑しい人を見るかの様に軽蔑して嫉妬を募らし、恨みを抱く者、
この者たちの罪報を、汝は今一度、聞くのです。
その人は命が尽きると共に、阿鼻地獄に落ちて、一劫と言う永い月日をそこで暮らし、時が終れば、新たに生まれる。
この様に幾度も変わって繰り返えされ、無数劫と言う時を迎えるのです。
地獄より出ては、必ず、畜生に生れ堕るのです。もし、野犬や野狐に生まれたとしても、その姿は毛が無く、弱々しい。
肌は黒ずみ、斑点があり、常に痛みとかゆみを生じていて、人に手荒に扱われる。
また、人から憎まれたり、卑(いや)しまれたりして、常に飢えに困窮する。その為に、骨や肉は枯渇して、身体はやせ細る。
要は生きている限り、人から痛みを受け、死んだとしても、その屍は瓦礫を被る。
佛種(教え)を邪魔した罪人はこの様な罪報を受けるのです。
もし、ラクダとなって、小さな粗末な小屋で生まれて、常に重い荷を背負ては色々な鞭打ちの刑が加えられる。
単に、水や草だけに思いを寄せるだけで、それ以外のことは知らない。
また、此の経をけなすと、このような罪を獲るのです。
生まれる時、野狐に成る。そして、人の住んでいる集落に行けば、身体がやせ細って
弱々しく、また、毛は抜け落ちて醜い。
その為、ただ、ひと目見られただけで、色々な子どもに棒で叩かれ、色々な苦を受ける。そして、時は死に至る。ここで死を迎えても、
更に、うわばみに襲われる。
そのうわばみと言うのは長大で、5百由旬(ゆじゅん)あり、耳が遠く、足が無く、地面をはっている。
また、色々な虫に食われる。つまり、昼夜、苦を受け続けて休まる事がない。
此の経をけなすと、次のような罪を獲るのです。
もし、人として生まれたとしても、きわめて鈍い六根を持って、小人の様な者・手足の自由に利かない者
・耳が聞こえず、眼の見えない者・背虫のように背が曲がっている者として生まれる。
この者達は、
自分の意見を述べる事がない為に、人を信用しない。常に、口から吐く息は臭く、鬼魅に憑かれるのです。
この者達は貧困で卑しく、人に使われる為、多くの病気を抱えながら頭痛を持ち、身はやせ細っている。
それ故、人から頼られる事がなく、人に親しんで、つき従がったとしても、人から認められる事が無い。
もし、何か人に役立つものを得られたとしても、突然、得た時の心を忘れて自分の価値を失ってしまう。
もし、医学道を学び、人の病を治療したとしても、更に別の病気を引き起こし、悪化させるか、或いは死に至らしめてしまう。
もし、自分が病んでいるなら、人を治療する事が無い。例え、良薬を飲んだとしても、病は突然、重くなる。
もし、世の中に反逆して、時期を見計らっては窃盗を行なう様になる。
この様な者達の罪は早急に天罰が下される訳ではないが、これら罪人たちは、永く佛、
つまり、大地の制する者たちの王が説法して、人を良い方向に向かわせている姿を見る事をしない。
この様な罪人は、常に、難処に生まれ、叫び声を上げたくなる様に心が乱れ、永く法を聞く事ができず、
ガンジス川の砂の数ほどの限りない時間、生まれては耳が聞こえず、声が出ず、六根が不自由である。
常に、地獄に住んでいるにも関らず、遊ぼうとして、園を観る様に眺めている。他の悪道に落ちたとしても、
自分の家に居るかのように安住している。
また、陀(ラクダ)・驢(ろば)・猪(いのしし)・狗(いぬ)の例えはその者の行ないや心の有り様を示すものである。
この経をけなす故に、次のような罪を得る。
もし、人と生る事が得られとしたら、耳が聞こえず、目が見えず、口が聞けずにいる為、貧困にあえぎながら憔悴(しょうすい)して、
水腫(すいしゅ)・乾?(かんしょう)・けいらい・おうそ・などの重い病気に掛かる。
その為、常に体は垢で汚れて不潔である為、異臭の元となる。深く我見に執着して、瞋恚を増して、
淫欲が盛んに成り、人も人として見ない。この事はこの経をけなす故に、得る罪である。